レ・ブルー100周年記念クイズ#2

祝トヴァン&ズマ代表初得点*1!ってことで、前回の続きです。6問目(2:29~)から。

レ・ブルー100周年記念クイズ#2

www.youtube.com

Q6 1919年に就任した、フランスサッカー連盟初代会長は誰でしょう?

A Jacques Poésie

B Paul Alexandrin

C Jules Rimet

問題が出される前に、自分たちの方に早押しボタンを寄せるという、5歳児もびっくりなチートを行ったトヴァン。姑息な手を使ってでも答える気満々だったのに、思いのほか難問がきてしまうという超絶バッドラックw。ついてない。そして、エムバぺに「はいっ!ボタンあげるっ!」ってボタンを渡される屈辱w。

結局、誰も答えわかんないので、エムバぺが回答。「ポールじゃねw?」という何の役にも立たないパヴァ―ルの適当助言を無視してw、Cのジュール・リメを選んで、見事正解!でもこれ、調べてみたら、選択肢でサッカー関連の人、ジュール・リメしかいないっぽいですね。AとBは、二つとも詩に関連した選択肢です(たぶん)。なんだか、ものすごくフランス人が作った問題っぽい。

FFFの初代会長、ジュール・リメ。私は全く知りませんでしたが、彼は、FFFの会長とほぼ同時進行で、1921年から54年まで、FIFAの会長も務めあげ、さらに、在任中に、W杯の実現にも尽力したという、フランスだけでなく、世界のフットボール界に多大な功績を残した人みたいです。彼自身は法律家であり、フットボーラーではなかったんだそうで*2。彼のおかげで、今W杯が見られるんですねー。

Q7 史上最年少でリーグ・アンデビューを果たした選手は、次のうち誰?

A ジェレミー・メネス

B ローラン・パガネッリ

C ダヴィド・トレゼゲ

エムバぺが、選択肢を最後まで聞かずにボタンを押してしまったあと、トヴァンが「ちょっ、俺、(答え分かってたけど)選択肢言い終わるまで待ってたんだけど!俺でしょ、俺(に答えさせて)」と、回答権を要求しますが、それを無視して、結局エムバぺが回答。Bのローラン・パガネッリを選んで、正解。トヴァン、どんまいw。

パガネッリは、1978年に、15歳10か月と5日で、リーグ・アンデビューを果たしたそうです。当時の所属チームは、ASサンテティエンヌ*3

それで、その次にリーグ・アンデビューの年齢が若かったのが、エムバぺ。2015年12月2日に、16歳と11か月でデビュー。当時の所属チームは、ASモナコ。デビューしたのは、正確には、16歳と347日らしいですけどw*4。347日って、11か月と13日?もういっそのこと、誕生日まで待って、17歳にしようとは思わなかったのかな。347日ってw。

当のエムバぺは、司会の人に、自分が二番目に若かったということを言われて、ちょっとどや顔w。それから、トヴァンは、答えが分かっていたのに、エムバぺがものすっごいせっかちなせいで、回答権を奪われてしまったと、引き続きご立腹w。

しかも、ズマが気配消してて、何の役にも立たないので、「おいこらっ」とこちらにもご立腹w。余裕かましてるエムバぺが、ボタンをズマに渡してあげますが、ズマはいらんと拒否。これは英断、ボタンあっても、答え分からなかったら意味ないもんねw。

Q8 フランス全国選手権でプレーした後、レ・ブルーに招集された選手は全部で何人?

A 9人

B 4人

C 0人

エムバぺがボタンを押そうとしてるの見て、やべーと思ったのか、先に勢いよくボタンを押すズマ。でも、答えは分かってなかったので、どれにしようか迷って、口ぱくぱくw。結局、4人!って言うけど、残念ながら不正解。そこで、ついに出番が回ってきたパヴァ―ルが、ものすっごいどや顔で、Aの9人と答えて、これが正解。

パヴァ―ル、ものすっごいどやってましたが、既に選択肢は二つに絞られてたから、そこまで、どやることでもないようなw。しかも、片方の選択肢、ゼロだし。この問題で、答えがCのゼロの可能性って、限りなく低いですよね。悩むとしたら、AかBじゃないですか。しかも、もう指されてたから、ボタンを押す必要は全くないのに、わざわざボタンを押すパヴァ―ルw。きっとボタン、押したかったんですね。

フランス全国選手権(シャンピオナ・ドゥ・フランス・ナシオナル)というのは、フランスのサッカーリーグの三部のことです。プロリーグである、リーグ・アンリーグ・ドゥのすぐ下に位置するリーグ。とは言っても、全国選手権は、プロリーグではなく、プロアマ混合リーグだそうで。全国選手権から下のリーグは、完全アマチュアリーグ。ですので、この全国選手権が、ちょうどプロとアマの分岐点にあたるリーグのようです*5

そんな半分アマチュアリーグのようなところから、フランス人プロサッカー選手の頂点である、レ・ブルーの一員にまでのし上がった、シンデレラボーイというか叩き上げの選手は、何人いるでしょうか?というのが、この問題であったわけです。

エムバぺのような、クレールフォンテーヌを出て、若くしてブルーに入った選手が、才能の塊、超絶エリートなら、全国選手権からのし上がってきた選手たちは、不屈の精神を持った、THE雑草魂のような選手たちって感じなのかな?答えはAの9人だったので、そういう選手が、歴代で9人いたということですね。

これまでレ・ブルーには、908人の選手が招集されているので*6、そのなかで9人というのは、めっちゃ少ないと思います。およそ100人に一人。レ・ブルーに呼ばれる選手ともなると、やはり、早くにその才能を開花させた選手が多いってことなんでしょうか。

ティーヴ・サヴィダン、フランク・リベリマテュー・ヴァルブエナ、クリストフ・ジャレ、ローラン・コシェルニー…と司会の人が、その9人を順番に読み上げていくなか、当たり前のように4人を超えていったことに、こらえきれなくなって(たぶん)、吹き出すパヴァ―ル。「はぁ?」って睨みつけるズマw。残りの選手は、アンドレ=ピエール・ジニャックとジュリアン・フォベール。

そして、エンゴロ・カンテとオリヴィエ・ジルー。この二人なんて、レ・ブルーに入っただけじゃなく、ワールドチャンピオンにまで、なっちゃってますから。しかも、二人とも、バリバリの主力だし。ものすごいなりあがり人生。

カンテ&ジルー

この二人、共通点ある気がする。二人とも、チームメイトのために、泥臭いハードワークを惜しまない、献身的で利他的な選手。どんな状況であっても、自分に与えられた役割を自覚し、手を抜くことなく、自分にできることを精いっぱいやる選手。二人(特にカンテ)のプレーや人柄が、多くの人の心を掴んだり、感動させたりするのは、二人が、レ・ブルーの他の選手とは、少し違う道を歩んできたからかもしれません。

カンテの成り上がりサッカー人生総まとめ↓。

カンテとジルーがフランス代表史上、たった二人、全国選手権からのしあがって、ワールドカップレジオンドヌール勲章を得た選手だと知ると、ジルーのカンテを覗き込む顔が、なんか余計に感動するんですが。。そのジルーも、代表得点数、歴代3位ですし↓。上にいるのはもう、アンリとプラティニだけですから。

続きまーす。